大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和33年(行ナ)51号 判決 1960年2月23日

原告 依藤昌也

被告 特許庁長官

主文

特許庁が昭和三十二年抗告審判第一、三六六号事件について昭和三十三年九月二十九日にした審判を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨及び原因

原告訴訟代理人は、主文通りの判決を求め、請求の原因として次のとおり主張した。

一、原告は、昭和三十二年二月十六日、別紙に示すとおり大中小の三つの円を同心円で重ねて構成する商標(この三つの円の幅とその間隔とはいずれも同一にして表わしてある。)について、第十七類バルブ、コツク、カランその他本類に属する機械器具及びその各部を指定商品として、登録出願をしたところ(昭和三十二年商標登録願第四、五四〇号)、同年五月三十一日附で拒絶査定を受けたので、同年七月六日にこれに対する不服の抗告審判を請求したが(同年抗告審判第一、三六六号)、特許庁は昭和三十三年九月二十九日に右抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その審決書謄本は、同年十月九日原告に送達された。

二、右審決の理由の要旨とするところは、別紙に示すがごとき構成を有する登録第五六、〇一二号商標を引用し、右引用商標は三つの同一の大きさの円輪を三つ輪違いの構成にして表わして成り、第十七類他類に属せざる機械器具及びその各部を指定商品として登録されてあるところ、これと原告の本件出願商標とを比較するのに、両者は外観上の点においては互に類似の範囲を脱する程度の差異のあることは認められるが、称呼及び観念の点では、紋章学的に原告の商標が「三重輪」の名称を有し、これより「サンジユウリン」又は「サンジユウワ」等の称呼を生ずるのに対し、引用商標が「三つ輪違い」の名称を有し、「ミツワチガイ」と称呼されるとしても、社会通念に照して、「三重輪」の形状も「三つ輪違い」の形状も、共に「ミツワ」と称呼し、「三つ輪」の観念を生ずるものであるから、両商標は互に類似とすべきで、またその指定商品も互に牴触するから、結局本願商標は、商標法第二条第一項第九号の規定によつて、その登録は拒否を免れないものと認める、というにある。

三、右審決は、次の理由により不当である。

およそ、商標の類否判定の基準たるべき称呼及び観念は、その商標自体が表現するところにしたがつて、社会の通念に照し、無理がなく発生したところのものであるべきであつて、強いてこじつけた机上の空論によつてこれらを決定すべきではないのである。

そして、本願の商標のごとき形状をなせるものに対し、紋章学的には「三重輪」すなわち「サンジユウリン」と呼ぶことは別として、これを通俗的に「サンジユウマル」と呼ぶことが現代の社会通念であり、決してこれを「ミツワ」と呼ぶことはない。例えば、生徒が答案に先生から良く出来たという評定の章として附けてもらう「サンジユウマル」、また、いろいろの掲示等でその最重要箇所にしばしば附けられる「サンジユウマル」の印のごとき、われわれは決してこれを「ミツワ」とは呼ばず、そのことは、社会の各階層の人につき、また上記以外のあらゆる場合においてもしかりである。

われわれは、日常、「ニジユウマル」とか「サンジユウマル」とか言う言葉をしばしば使用しているが、敢て幾何学の定義などにまつまでもなく、それらは大小の円を同心円として二重に或いはまた三重に重ねて画いた形で、これらの円は互に交叉していないものであると観念することが常識である。これに反し、「ミツワ」という語が単に三箇の円周という意味で、「サンジユウマル」もその一部に属し、「ミツワ」の語の中に包含される、という審決における独断的見解は、社会通念に反するものである。「ミツワ」とは、「三つ輪違い」、「ミツワチガイ」または「三つ輪並び」、「ミツワナラビ」等の略称から来ているもので、同大の三箇の輪の組み合せたものを観念せしめるものであり、なかんづく現代においては、引例商標に見るがごとき「三つ輪違い」の形状を主として表示していると見ることが、社会通念とするところである。それを、審決のように「サンジユウマル」は「ミツワ」ともいゝ、「三つ輪」の観念をもつとなすことは、こじつけも甚しく、全く独断的の判定で、正当ではない。

ひつきよう、本件出願商標と審決引用の登録商標とは、外観、称呼、観念とも相類似していないのに、審決が商標法第二条第一項第九号を適用して、本件商標登録出願を拒絶すべきものとしたのは、違法の判断というべく、審決は取り消されるべきである。

第二答弁

被告指定代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告主張の商標の登録出願からその拒絶査定に対する不服の抗告審判請求につき右請求は成を立たない旨の審決があり、その審決書謄本が原告主張の日に原告に送達されたまでの事実及び右審決の理由の要旨が原告の主張するごときものであることは認めるが、右審決の判断が不当であるとして原告が主張する諸点については、これを争う。

なお、審決において本件出願商標登録の拒絶の理由に引用された登録第五六、〇一二号商標の構成は、三つの同一の大きさの円輪を三つ輪違いの構成にして表わして成り、第十七類他類に属せざる機械器具及びその各部を指定商品として、明治四十五年七月二十五日登録出願、大正元年十一月十八日の登録にかゝり、昭和七年十一月十八日及び昭和二十七年八月二日の二回にわたつて、その商標権の存続期間の更新登録がされたものである。

二、そもそも商標はこれが権利者の取扱にかゝる商品に附して使用せられ、当該商品と他の商品との甄別標識としての機能を有するものであり、商標法第二条第一項第九号の規定は、この本質的機能を有する商標の類似するところによつて商品の出所について混同誤認を生ずるおそれを防止することを目的として設けられたものである。したがつて、商標の類否判定に当つても、このような商標の機能より考えて、漠然と出願にかゝる商標のみを単独に考察の対象として、これよりいかなる称呼、観念が生ずるかということを判断するのではなく、当該出願と引用の両商標につき、当該商標の指定商品の取扱者ないし需要者一般の人々が通常の注意力をもつて、かつ時と処を異にして両者を観察した場合において、外観、称呼、観念の何れかの点において相紛らわしく、両者間に互に誤認混淆を生ずるおそれがないかどうかという観点から、これを判断すべきである。

かかる見地において原告の主張をみるのに、次の諸点において重大な誤りを犯していることが明らかである。

(イ)  原告は、本願商標からは「ミツワ」の称呼を生ずることがなく、「サンジユウマル」の称呼が生ずるという主張の理由づけとして、先生が生徒の答案に与える評定の章や、また各種の掲示等の重要箇所に附せられる印を引用するが、かような原告の主張は、本件事案が、原告引用にかゝる事例のように、商品と何ら関連性のない単なる標識又はマークを対象として論じているのではなく、あくまでも商品に附してそれの甄別標識としての機能を有する商標の類否を論じているものであることを忘れており、この点においてまず錯覚を起しているものというべきであつて、全く問題とするに足りない。

(ロ)  次に、原告は、「ニジウマル」又は「サンジユルマル」という言葉は大小の円を同心円として二重又は三重に重ねて画いた形であつて、これらの円は互に交叉しないものである、と主張するが、本件において論議の対象となつている事項は、あくまでも原告の出願にかゝる構成を有する商標がその指定商品との関係においてどのような称呼、観念をもつて取引され、引用商標との間に誤認混同を生ずるおそれが全くないかどうかということであつて、原告の主張するように「サンジユウマル」という言葉によつて表わされる観念がいかなる構成を有する図形を指称するものであるかということではない。

更に、原告は前記の主張に引き続いて、「ミツワ」という語は単に三箇の円周という意味で、「サンジユウマル」もその一部に属し「ミツワ」の語の中に含まれる、という審決の見解は社会通念に反する、と主張するが、くり返して述べるように、本件においては、本願と引用の両商標の図形がその構成上取引に際していかなる称呼、観念を生ずるものと判断すべきかが論点であつて、「ミツワ」及び「サンジユウマル」の言葉をもつて表現される観念を比較して、両者が同一であるか否かは、審決においても決して論議の対象とはなつていないのである。

三、本件事案について、被告の有する見解を要約すれば、次のとおりである。

本件事案は商標法上における商標の類否を論じているのであるから、商標の有する機能の本質及商標法第二条第一項第九号の規定の趣旨を前提として考えれば、本願と引用の両商標の類否を判定するに当つてはあくまでも両商標の構成自体を比較して、その指定商品を取り扱う専門業者のみでなく、ひろく一般の取引者ないし需要者の間において、本願商標よりは、たとえ一部の人々の間においては原告の主張しているように「サンジユウマル」又はその他の称呼をもつて取引されることが仮にあるとしても、その構成が円輪廓の「輪」が単に三つ表わされているのみであるために、「ミツワ」という、きわめてわれわれに親しみ深く、呼び易い簡単な称呼をもつて取引されることも亦、商取引の経験則に照して決して少なくないと考えられるから、「ミツワ」の称呼を生ずることが明らかである引用登録商標との間において、「ミツワ」の称呼及び「三つ輪」の観念において取引上相紛らわしく、両者間に誤認混淆を生ずるおそれが十分に存するものと判断せざるを得ないのであり、したがつて両者はたとえ外観上は区別し得る差異があるとしても、称呼及び観念の上において相紛らわしい類似の商標というべきである。

以上述べるところによつて明らかなように、原告の主張は全く理由がなく、本件審決はこれを取り消すべき何らの理由がない。

第三証拠<省略>

理由

一、原告が、昭和三十二年二月十六日、別紙に示す通り、幅とその間隔とをいずれも同一にして表わしてある大中小の三つの円を同心円で重ねて構成する商標につき、第十七類バルブ、コツク、カランその他本類に属する機械器具及びその各部を指定商品として登録出願をしたところ(昭和三十二年商標登録願第四、五四〇号)、同年五月三十一日附で拒絶査定を受けたので、同年七月六日に不服の抗告審判を請求したが(同年抗告審判第一、三六六号)、昭和三十三年九月二十九日に右請求は成り立たない旨の審決があり、その審決書謄本が同年十月九日原告に送達されたこと、及び右審決の理由の要旨は、別紙に示すがごとき構成を有する登録第五六、〇一二号商標を引用したうえ、これを原告の本願商標と比較するのに、両者は外観の上においては互に類似の範囲を脱する程度の差異があるが、称呼及び観念の点では、社会通念に照し、共に「ミツワ」と称呼し、「三つ輪」の観念を生ずるから、両商標は互に類似とすべきである、というにあることは、当事者間に争がなく、また、審決は本願拒絶の理由として引用した登録第五六、〇一二号商標は、三つの同一の大きさの円輪を三つ輪違いの構成にして表わして成り、第十七類他類に属せざる機械器具及びその各部を指定商品として、明治四十五年七月二十五日登録出願、大正元年十一月十八日の登録にかゝり、昭和七年十一月十八日及び昭和二十七年八月二日の二回にわたつて、その商標権の存続期間の更新登録がなされたものであることは、原告の明らかに争わないところである。

二、さて、成立に争のない甲第一二九号証の一ないし五(昭和三十三年三月東京都文京区初音町文雅堂書店発行改訂標準紋章集成)によれば、本願商標、引用登録商標の両図形は共に紋章として使用され、前者は「三重輪」又は「はなれ三重輪」、後者は「三つ輪違い」とそれぞ呼ばれていることが明らかであり、後者が社会通念上、「ミツワ」と呼称され、かつ「三つ輪」の観念を生ずるものであることについては、原告も明らかにこれを争わないものというべきである。

そこで、本願商標より、引用登録商標と共通に、「ミツワ」の称呼及び「三つ輪」の観念が生ずるか否かについて検討するのに、真正に成立したものと認むべき甲第四ないし第一二八号、第一三四、第一三五号証(各証明書)に証人塚本博久の証言を併せ考えれば、本願商標におけるがごとく、大中小三つの同心円を重ね合せて描いた図形は、前認定の紋章としての呼称はともかくとして、ことに本件出願商標の指定商品のような商品に附けて用いられた場合には通常三重丸(サンジユウマル)として観念、呼称され、これに反し通常引用登録商標のごとく互に交叉する同じ大きさの三箇の円輪を意味するものと認められる三つ輪(ミツワ)の図形とはひろく社会の各階層の人々によつて区別して観念呼称されている事実を認めることができる。

被告は、商標は商品に附して甄別標識として使用することをその本質的な機能とするから、当該商品の取引につき取扱者、需要者ないし一般の人が通常の注意力を用い、かつ時と処とを異にして両者を観察した場合において誤認混淆を生ずるおそれがないかどうかをもつて両者の類否を判定すべきである、と主張するが、本願商標は、バルブ、コツク、チーズ等その指定商品の取引において三重丸(サンジユウマル)と呼称、観念され、「ミツワ」印とは呼ばれない事実は、前掲各証拠中、甲第一〇七ないし第一二一号証及び第一三四、第一三五号証、証人塚本博久の証言に徴して、ことに明らかであり、また本願商標及び引用登録商標の両図形ともその構成は単純であつて、図形としてむしろ典型的な部類に属し、これらの商品に附してこれを用いた場合において、前者を三重丸(サンジユウマル)、後者を三つ輪(ミツワ)と呼んでこれを区別することは、ひとり紋章等に特別の知識を有するもののみならず、通常一般の社会人の常識とみるべきであるから、本願商標は、その指定商品の取引につき、普通一般の人の用いる通常の注意力によつて、しかも離隔的観察において、引用の登録商標と、外観上はもちろん、称呼及び観念の上においても、判然と区別することができ、相互に誤認混淆のおそれがないものと認めるのが相当である。

被告は、さらに、「サンジユウマル」の言葉によつていかなる観念が表現されるか、また、それが「ミツワ」の語によつて表現される観念と同一でないかどうかは、本件両商標の類否の判定とは関係がないと主張するが、前認定のように三重丸(サンジユウマル)が三つ輪(ミツワ)と一般世人によつて区別して称呼、観念される事実は、本願商標からは前者の、引用の登録商標からは後者の、それぞれ称呼、観念を生ずるという事実と相まつて、右両商標の間、相互に誤認混淆のおそれがないと言うことができるものであるので、本件審決の当否を考えるにあたつて、両者の観念の異同を知ることは何らの関係がないとは言えない。

以上の認定に反する被告の主張はこれを採用することができない。

三、本件出願商標が引用の登録商標と称呼及び観念の上において類似することを理由に、その登録を拒否した本件審決は、商標類否の判断を誤つた違法があるというべく、とうてい取消を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

本件出願商標<省略>

引用の登録第56012号商標<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例